【追悼】田村正和主演・22年前の隠れた名作ドラマ『美しい人』を語る

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5月18日、俳優の田村正和さんが先月4月3日に亡くなったことが報道されました。ここ数年、表舞台からは遠ざかっていましたが、1980〜90年代のドラマを語る上で外せない、圧倒的存在感のある俳優さんでしたね。

そんな田村さんの代表作といえばご存じ『古畑任三郎』ですが、個人的に忘れられない作品が1999年に放送されたTBS系金曜ドラマ『美しい人』。ドラマファン一押しの隠れた名作について、余すことなく語ります。

『美しい人』のあらすじ

美容整形外科医・岬京助(田村正和)は、他人との争いを好まない穏やかな男。そんな彼の元に、ある日「顔を別人に変えてほしい」と村雨みゆき(常盤貴子)が訪ねてきます。

しかし、みゆきの顔は大変美しく、整形手術をする必要性は全く考えられません。違和感を覚えた京助は、依頼を拒否。そこで、みゆきはやむなく秘密を話し始めます。それは、「暴力を振るう夫から逃れたい」という驚きの内容でした。みゆきの体には、痛々しい無数の痣が。そこで京助は、みゆきの顔を亡き妻そっくりに整形するのでした――。

第1話は、最後まで常盤貴子の顔を映さず、後ろ姿と話し声のみという攻めた演出も話題になりました。

その後、一緒に暮らし始め、やがて静かに愛し合うようになる二人。しかし、みゆきの夫である村雨次郎(大沢たかお)はみゆきに狂気的な愛情を向けており、そう簡単に逃れることは出来ません。ATMの引き出し履歴などから、一歩一歩二人の元に近づきます。

なぜそんなことが可能なのか? なんと、次郎は刑事だったのです。

野島作品としては異色のラブストーリー

脚本を担当したのは野島伸司氏。教師と女子生徒とのセンセーショナルな愛を描いた『高校教師』(1993年)、Kinki Kids出演・過激ないじめ描写が物議を醸した『人間・失格〜たとえばぼくが死んだら 』(1994年)、安達祐実の名を世間に知らしめた『家なき子』(1994・95年)などで知られる、90年代ドラマ界を代表するヒットメーカーです。

いじめ、差別、性暴力など、思わず目を覆いたくなるショッキングなシーンが連続するのが彼の作品の特徴で、放送当時は抗議の電話が殺到したのだとか。

芦田愛菜主演『明日、ママがいない』(2014年)ではついに脚本の変更を余儀なくされるなど社会問題となりましたが、ドラマ好きとしては「これぞ野島伸司!」なヒリつく作品がまた観てみたいですねぇ。

それはさておき、この『美しい人』はDV(家庭内暴力)をテーマとしながらも、実際に暴力をふるうシーンは一切出てきません。また、ヒロインやそれに準ずる女性が性暴力被害に遭っていない点も、野島作品では大変に珍しいといえるでしょう。

その影響かどうかわかりませんが、視聴率はいまひとつふるわず、この作品の存在自体を知らないという人は少なくありません。しかし、現代でも十分通用する素晴らしい作品であると思っています。

作品の見どころ

ジェーン・バーキンの美しい歌声にのせたオープニングも印象的。今なお色褪せない作品『美しい人』の見どころについてご紹介します。

(1)狂気と色気が混じり合う物語

この作品の最大の魅力は田村正和・常盤貴子・大沢たかおといった実力派の共演。

なかでもDV夫・村雨次郎を演じた大沢たかおは『仁-JIN-』で見せた心優しい笑顔が印象的な俳優さんですが、本作では狂気的、支配的かつセクシーな演技を見せ、「この人になら惑わされたいかも……」と感じた人も多いはず(もちろん暴力はいけませんよ)。“ヒール役”に振り切りすぎないのがとても魅力的でした。

感情を表に出さない男・岬京助との対比も見事でしたね。穏やかな甘い語り口で、歯の浮くような台詞も違和感なく成立するのは田村正和ならでは。しかし、「若い女の顔を亡き妻そっくりに整形する」という、第1話で垣間見えた狂気は、物語が終盤に進むにつれ徐々に深くなっていきます。

そして、私が最も好きな女優・常磐貴子もさすがの一言。特に「怒り」と「泣き」の演技が好きなんですよね……。当時はまだ27歳ですが、『愛していると言ってくれ』の頃の初々しさは鳴りを潜め、すでに大物女優の風格を醸しています。

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登場人物全員がどこか狂っていて、それぞれが内に秘めた「人間の本質」があぶり出されています。

(2)ハーブがもたらす静寂

最後まで緊迫の展開が続く本作ですが、物語の緩急をうまく演出しているのが京助が自宅で育てているハーブの存在。実は、各話のタイトルにはすべてハーブの名前が付いているのです。

第1章 ミントの出会い
第2章 ローズマリーの夜 
第3章 レモンバームの王子様 –
第4章 ボリジの恋占い
第5章 ラベンダーの想い出
第6章 セージの秘密
第7章 フォックスグローブの罠 
第8章 アイブライドの涙
第9章 グリーンアローの鮮血
最終章 ダンディライオンの愛

毎回ハーブに関する豆知識も登場し、穏やかな時の流れを感じることができるでしょう。

(3)DVを題材にしたドラマで先駆け的な存在

DV防止法(配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律)が成立したのは2001年のこと。それまでは配偶者からの暴力は「単なる夫婦喧嘩」として扱われてきたため、このドラマの放送当時の1999年、それから施行後の2000年初頭も、世間の理解は十分とはいえませんでした。

DVを題材にした作品といえば、遠藤憲一の出演映画『DV ドメスティック・バイオレンス』(2005年)や、長澤まさみ主演ドラマ『ラスト・フレンズ』(2008年)などが有名です。

恋人や配偶者からの暴力を真正面から描いたこの二作品ですが、『美しい人』が描いたのは精神的な暴力・支配。これは、DVの本質でもあります。

人の心が壊れていく様を、まざまざと感じることができるのではないでしょうか。

(4)衝撃的なラスト

深くは語りませんが、とにかくラストに衝撃を受けました。

しかし、ドラマの放送当時は12歳。そのときは理解できなかったものが、年齢を重ねた今になると「こういう愛のかたちもあるのかもな……」という気持ちになるのが不思議なところ。

年代により、さまざまな受け止め方ができるのもこのドラマの魅力です。

間違いなく歴代No.1作品!

ドラマ好きを掲げて25年間。シリアス、コメディー、ラブストーリーなどさまざまな作品を観てきた私ですが、この『美しい人』は歴代最高傑作といえるほど大好きな作品です。

そして、この物語は田村正和さんなくして成立しえなかったことでしょう。

77歳でこの世を去るまで、たくさんの素敵な作品で私達を楽しませてくれた田村正和さんのご功績を偲び、心よりご冥福をお祈りします。

『美しい人』に興味を持ったらぜひ観てみてくださいね!